神橋 Part.1
*Photography data*
SONY α900 , Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,DRO-AdvanceAuto,cRAW ,Image Data Converter SR Ver. 3現像
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今回は、日光駅近くの神橋です。
撮影日は、今から約1ヶ月前の10/24です。
この時の目的は、霧降の滝でしたので余り期待をしておりませんでしたが、予想よりも半歩ほど色づきは進んでいたように思います。
朱塗りの橋は、紅葉と大谷川の清らかな流れにとっても似合います。
まだ日の出から間が立っていないので、人はほとんどいませんでしたが、中禅寺湖へ向かう車はひっきりなしの状態で、渋滞しておりました。
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骨折の方は大分良くなり、週に2回のリハビリ通院もかなり鬱陶しくなってきてます。ただ、ここ数日の寒さで膝や足首、骨折した患部のすねがきしむように痛みます。
外出先から帰るととにかくお風呂に入り、足を温めます。
撮影に出かけるときに使う、トレッキング用の杖も購入・・・
移動のサポートをしてくれます。
12月の中旬にレントゲンを撮り、骨の状態を診るそうです。
その頃には、骨もちゃんとついているでしょうね。。。
本記事は予約投稿です。
*神橋(しんきょう)*
勝道上人が日光山を開くとき、両岸が絶壁となって流れる大谷川に道を阻まれた。そこで、護摩をたいて神仏の加護を
求めると、雲の中から深沙王-じんじゃおう-が現れて2匹の蛇を放った。蛇は大谷川に架かり、やがて蛇の背中から山菅-やますげ-が生えて橋となった。こ
の言い伝えから、神橋は山菅橋や山菅の蛇橋-じゃばし-とも呼ばれる。
現在のような朱塗りの橋になったのは、寛永-かんえい-13(1636)年の東照宮の大造替-だいぞうたい-のとき。明治35(1902)年に、そのときの橋は洪水で流されたが、明治37(1904)年に再建された。
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